おまっちゃん①

「おまっちゃん」とは、私の母「マスさん」のこと

「おまっちゃん」の兄弟は私が知っている限り10人

その中の下から2番目で姉兄に構われて戦時中にも関わらず、そんなに苦労せず育ったらしい

4番目の兄が四郎

6番目の兄が末吉(すえきち 末の男子の予定?)

次に生まれたのが女の子で、名前がトメ(これで子宝も止めかな?)

でおまっちゃんが生まれたので、もうどうでもいいやとマス(増えました?)

と、昔聞いた記憶が。。。。

兄弟姉妹や幼馴染からは「おまっちゃん」と今でも呼ばれている

ちなみに本当の末の弟の名前は勝男。。。。

そんな「おまっちゃん」私はずっと嫌いだった。うっとおしい存在だった。世間体を気にした生活で、私を枠にはめようとした。2年間ほとんど口を利かないことは普通だった。高校時代のお弁当や自分の洗濯も喧嘩して自分でやり通した。そんな勢いで私は避けるように大学は東京を選んだ

その流れか、約30年経つ今でも母との会話はあまり弾めない

「おまっちゃん」は手先が器用で何でも手作りしてくれた。社交的で友人も多い。子供が小さい時こそ専業主婦だったが、私が中学上がるころから介護の仕事を始め、介護福祉士の資格もとり、定年後も嘱託で村の職員を続けるなど頑張り屋でもある。今年77歳だが、体調がよければ、今も村の卓球サークルに参加している。車を運転してどこでも行く。活発でもある

似てるんだな。。。私と。。。多分。。。と今ならわかる

そんな「おまっちゃん」が、何年も前から曖昧な言い方が増えてきた気がした。たまにしか会話しないけれど、何故が気になった。

傾聴の勉強をしている私は、練習を兼ねて2年近く前から小さな老人施設で傾聴のボランティアをしている。ある利用者さんとの傾聴の感触が、「おまっちゃん」と似ていた。その利用者さんは軽度の認知症を患われていた。

もしかして。。。。

 

傾聴の勉強はもうだいぶ前から興味をもち、シニアライフの専門家を生業にしようと思ったもの前になる。そういった経緯から認知症への理解を少しづつ深めていたが、親が認知症になるなんてという意識は全くなかった。

もしかして。。。。

 

 

 

 

 

 

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