水戸のおばちゃん

「おまっちゃん(母)」には、私の知る限り10人の兄弟姉妹がいた

「おまっちゃん」は弟が一人の下から2番目で3姉妹の一番下

姉妹3人だけからかとても仲の良い姉妹であることは娘の私でも羨ましい限りであった

長女の叔母は日立に、次女の叔母は水戸に住んでいたことから

「日立のおばちゃん」 「水戸のおばちゃん」と呼んで、私は可愛がってもらった

懐かしい

 

順番で長姉の「日立のおばちゃん」が数年前に亡くなった

姉妹は2人となり、「水戸のおばちゃん」はすでに80歳台中盤を超え、

現在も以前同様独り古い家で生活している

「おまっちゃん」は、現在アルツハイマー型認知症の初期症状を抱えながら

何不自由なく変わらない生活を送っているが

車の免許を返納させてからは一人での外出もなくなり、大好きな水戸の姉のところに

自由に行けなくなっていた

 

「水戸に行きたい・・・しばらく会っていない」

 

仲の良いこの姉妹が何時会えなくなるか分からないし、

「おまっちゃん」もいつ記憶が曖昧になるか分からないと

通院のついでに「おまっちゃん」を水戸の叔母宅まで連れていった

しばらくぶりにも拘わらず姉妹は、話し弾まないのは不思議だった(笑)

 

「水戸のおばちゃん」には、私とおない年の娘が一人いる。私のいとこ

私より断然可愛いく一人っ子なので、幼い時は一緒にいるのが実は苦痛だった

羨ましかったからだ

今は私と交流はないが、東京のどこかで家族と暮らしている様子

数年前の私同様、実家にはあまり寄り付かず、連絡もあまりないとのこと

 

「水戸のおばちゃん」は、「おまっちゃん」と話すより私に話かけてきた

<傾聴スイッチ ON!>

25歳から患っているリウマチに今も振り回されているが、良い薬が出て痛みは減った

水戸で暮らしていたから良い病院良い薬に出会えた

中卒で働いてリウマチ発症までが私の青春だった

仕事は一日も休まず楽しかった

でも、リウマチを発症してからは親に迷惑をかけた

私は本当に親不孝ものだった

自分は親不者だったから、子供が寄り付かない子不幸なのは、

そのためなのだろうと思っている

 

私は、深く頷きながら聴くことしかできなかった

 

90歳近い叔母が、防げようのない病を抱えたことで、未だ親不孝者だと嘆き

その親不幸者の仕打ちが子不幸として返されている

と、心に抱える錘りと

20歳前後の短い時期を唯一の青春だと目を細める姿と

重度のリウマチを長年患い人知れず苦労してきただろうに

心根強く、与えられた生涯を全うしている

その叔母の姿を深く心に刻んだ

 

叔母はまだ話したい、吐き出したい 私も聴きたいモード全開であった

そんな雰囲気の中

「おまっちゃん」はすくっと立ち上がり

『さぁ病院行こう~』と

その雰囲気に思いっきり水をさし終了した

あくまでマイペースな「おまっちゃん(母)」だった

 

 

 

 

 

 

 

 

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